ほんのり、きょう、他人のウソをきいて、はなはだ驚いて、ついつい冷静に事を考えられない自分が要ることを知りました。
あしたは僅か明るい意向があったのですが、今日までは結構そのことを楽しみに過ごしていたのに、そんなことさえすっ飛んで仕舞うぐらいの相談。
他人のウソでそこまで揺らいで仕舞う自分も何とかは思うのですが。

だからこそ、冷静になりたくて、またこういう美術家の曲を聞いてある。
痛散湯
近年、他の美術家の人物による盗作で騒がれていたばかりですが。
案外、熱烈なマニアが多いって業者なのでしょうね。
さて、私もこんな熱烈は言い難いですが、マニアのセルフとして、冷静になれた歌詞は次のところです。

洗いざらい思い通りになったとしても また次の不服を探して仕舞うだろう 
決して満たされない 誰かが傷ついても

これって、正に、「おわりなきトリップ」の負のイメージを表した声明ですなって思いました。
誰かに嫉妬しても、誰かを恨んだとしても、自らを必ず満たすことはできない、そんなこと、昔どっかの心的サイエンティストや講習人間がおっしゃっていた気がします。

脳裏ではわかってるけど、どうもそんな思いの丈を追いやれない自分もいて。
苦しくて、辛かったけど、もちろんこういう曲を聞いたら、スッーと落ち着いたんです。

CD発売された時折、平凡な曲ですななんて思っていたけれど、とんでもないです。
当夜も腕を併せずにはいられません、有難う、おやすみなさい。